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主に東方projectの二次創作について綴る事を趣旨とした、個人的ブログです。 記事のほとんどはSS関連になると思います。
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  • 05/04/01:32

08.06.21:53

寿命の灯火

東方創想話投稿作品十四作目。
後書き。
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07.31.21:15

「恋路の行方―博麗―」

東方創想話投稿作品十五作目。
後書き。

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07.24.00:25

恋路の行方―後篇―

東方創想話投稿作品十四作目。
後書き。



 続きものの作品を放置し、またブログも放置し、私の作品を楽しみにしている方が居て下さるのなら、その方々に対して失礼極まりない事をしてしまいました。せめて日常報告ぐらいはしておけば好かったと後悔しております。真に申し訳ありませんでした。
 しかし、今後とも何時同じような事があるかも判りません。放置に放置を続けた挙句、そのまま戻って来ない可能性も充分にあるでしょう。今回の放置は紛れも無く私自身の怠惰な部分が要因として挙げられると自覚している上、次も起こさないと自信を持って約束する事が出来ません。
 なので、今回の投稿は私なりのけじめとしての意味合いもありました。前篇を投稿しておきながら後篇を投稿しないのは無礼極まりないと思ったからです。出来ましたら今後同じような事が起きた時には「またか」と思って欲しく思います。その時に私が完結していない作品を投稿していれば、必ずまた現れます。それを怠るのは何より私の矜持が許しませんし、投稿した作品を読んで下さった方々に申し訳が立ちませんから。

 それではブログの方の更新は相変わらず遅くなると思いますが、今後ともよろしくお願いします。
 以下は今回投稿した作品の後書きです。




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05.12.00:00

幻想の詩―紅魔の連―#13

東方SS七十二作目。
紅魔館の面々で連載物。



 長らく放置していましたが、今日より再開。
 更新の程度は以前と比べれば大分落ちると思われますが、創想話作品の感想を書きつつ、こちらの方も進めて行きたいと思っております。

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05.11.07:21

乱れ咲き

 東方創想話投稿作品十三作目。
 後書き。

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05.06.00:46

作品集33「博麗 霊夢」上泉 涼氏

 自らの立場に対する線引きへの葛藤、それはともすれば自身の存在すら脅かしかねない事なのかも知れない。喰い喰われる関係が妖怪と人間のものであるとは、幻想郷の中で至極当然のものでありながら、しかしそれを厭う人間は妖怪が人を喰らうという行為を酷く嫌っている。生物に生存本能がある以上当然の事でもあるが、しかしそれは一方で人間側の利己的な考えなのかも知れない。
 そしてその関係の中心に立ち、人間の為に妖怪を退治する博麗の巫女、そうしてその妖怪と交流を持つ霊夢、そういう曖昧な地点に立つ霊夢が如何なる思慮を有しているのかについてよく考えさせられる作品である。
その有様については、霊夢の一人称から判り易く伝わったが、しかし「妖怪と人間との関係」に関して云えば、少しばかりの冷淡さに欠けているように思われる。が、それも霊夢の慣れが起因しているのならば、表面的ではなくとも深層的にとても冷淡な物語であったという事は想像に難くない。



 血の臭いを感じ取り、陰湿な森の中に降り立った霊夢は、嫌な水音を響かせながら物言わぬ躯を喰らう妖怪と遭遇する。人間に仇をなした妖怪を退治する博麗の巫女である以上、彼女は人を喰らった妖怪をそのまま野放しにしてはならない立場にあった。そうしてその立場に背かぬよう妖怪を退治したが、帰宅した時に、人間と妖怪、その関係の両極に居る者が二人居たのは、全く予期しなかった偶然であった。



 今の幻想郷がそう殺伐とした空気を感じさせないのは、きっと人を喰らう妖怪の描写が無いに等しいからなのでしょう。そしてその光景を想像したからこそ、この物語が生まれたのでしょう。
 喰らうのは生きる為、殺すのも生きる為、その前提があるのなら、人と妖怪の在り方に善悪など付けられません。が、霊夢という存在はそう簡単に物事を割り切る事が出来る立場には居ません。先述した通り、彼女は妖怪と交流を持ちながらにして、妖怪を退治する仕事を持っているのですから。であれば、彼女が自身に引くべき立場の境界――それを博麗とするか霊夢にするか、彼女にとってそれは永遠の命題とも呼べます。それに関する描写は、とても興味深く出来ていたと思います。
 それをこの物語の主題とするのなら、――作品名からしてそれは間違いないのでしょうが、個人的には妖怪が人を喰らうという事にもっと残酷性を加えても良かったと思いました。本来幻想郷に住む人間にとっては、人が喰われただのとそういう話題は決して軽々しいものではないでしょう。もしかしたら、その事実を耳にしただけで嫌悪を感じる人もいるかも知れません。こと命に関して幻想郷の住人は敏感だと思うのです。

 そうは云っても、作品として自重しなければならないとも思うので、その如何に関しては一概に云う事も出来ませんけれども。単なる個人の感想としてならば、私はそう思いました。

 お勧めして下さった方、ありがとうございます。実に興味深く読む事が出来、感想を書くのも楽しく思われました。

05.05.01:52

作品集61「愚者から愚者への贈り物」監督氏

 名も無き妖怪の娘と、人里に住まう猟師の物語。東方の二次創作である事の必要性云々など関係なしに楽しむ事が出来る作品である。物語自体は悲しく切ないものであるのに、読後感は何処か暖かな心持ちになる、何だか不思議な魅力を持っているというのが読後の第一印象で、その後語り部の言い回しの巧みさが後を追うように特別な感慨をもたらしてくれる。
 悲惨な結末か、幸福な結末か、どう解釈するにして彼ら二人が終焉を迎える間際、幸福な気分であった事は語るべくもない。そしてそうであるからには、私は幸福な物語であったと信じている。



 飢えに苦しみ狩りを行う体力すらない妖怪の娘が出会った猟師の男は、酷く物好きな人間であった。弱った妖怪に自らが捕った獲物を与え、元気にしたばかりかその理由は判らないのだと云う。そんな奇妙な人間を前にして、妖怪の娘は得も知れぬ感情に戸惑いながらも、男との逢瀬を重ねて行く。



「うまくできたもので、二人が逢う時は必ず、私が食うに困っていないか、彼が余分な獲物を持っているかのどちらかでした。だから私は彼を襲って食べる必要がなかったのです。」
 この一文が実に微笑ましいと思いました。思えば妖怪の娘が戸惑っている様を一番如実に表しているのはこの文なのではないでしょうか。他にも何だか心が擽られるような言葉もありましたが、個人的に一番気に入っているのはこれでした。こんなにも都合よく男を喰らわない状況で彼と会えたのは、ひとえに彼女の心境の変化に原因があるのでしょうから。彼女の云う通り、食べる必要が無かったのでしょうね。

 実を云うと前に一度読んだ事がある作品で、今回もう一度読み直してみてとても面白く思えました。このような結末を描きながら、暖かな心持ちにしてくれる作品は、中々ないと思います。本当に不思議な魅力を持っている作品ですので、是非ともお勧めします。――といっても、元より高評価を得ている作品なので、今更私が云うような事ではないのかもしれませんが。

 この作品をお勧めして下さった方、ありがとうございました。

05.04.01:46

作品集43「紫の彼岸」みづき氏

 救いが無い、という前書きが意味するように、全く以て救いと呼ぶべき描写は存在していなかった。ただ淡白的に綴られて行く物語が、残酷な時の流れを示し出し、長寿という実に皮肉的な現実が、読み進める旅にありありと浮かび上がって行く。読むに耐え難い寂寞は確かにある。けれども、全く救いが無いと表現するには、少し語弊が生じるかも知れない。荒廃した世界、幻想すら見えなくなった辛辣な世界を目にした時に、それでも微笑を浮かべる事が出来たのは、きっと漸く迎える事が出来た終焉に安堵したからに違いない。



 或る日眠りに就いたら丸一日を寝て過ごしていた。そうしてまた眠りに就くと、今度は二日を眠り続けていた。四日、八日と増えて行く睡眠時間が示すのは、本来気にも留めぬものであるはずの寿命という制限時間。自分の露知らぬ場所で流れ続ける時を、紫はどう捉えどう過ごし、その果てに迎える終焉に、何を思うのか。



 此処まで残酷な話を書き切った作者様には敬服せざるを得ません。そうしてこの物語を、淡々と進めて行く事が凄い。展開はただ時の流れて行く様を描き出し、移り変わって行く人々を無情に映し、紫という妖怪の心情を否応なしに感じさせるもので、一言で表すのなら残酷な物語という形容が最も適切でありましょう。
 ただこういう物語が苦手な方にお勧めは間違いなく出来ません。読む事を選ぶという意味で、この作品の評価は二分されるのではないでしょうか。ともあれ楽しませて貰えましたので、個人的にはお勧めしたい作品です。この作品を紹介して下さった方、ありがとうございました。

05.03.21:55

作品集75「ヘアーブラシとアスピリン」 鹿路氏

 描写の巧みさには非の付け所も見付からない作品。
 女性である限り避けられぬ痛みを表現する技量、登場人物達の会話など、全てが個性に溢れていて飽きる事なく読み終えられる、良い短編作品である。文章から伝わる咲夜の思い、紅魔館住人の心情など、実によく描かれていて、作品内の情景ばかりでなく、自然と彼女らがどういう日常を過ごしているのかを想像させられてしまう。そういう意味でこの作品には「広さ」を感じた心持ちがする。



 下腹部に蟠っているような痛みが、常に咲夜を苛める中、いよいよ体調は更に悪くなって行く。定期的に訪れる儀式めいた痛み――一人孤独な闇の中に佇んでいるかのような不安の中で、咲夜は何を思うのか。



 そう、一言で云えば、本当に「素敵」という言葉が似合う物語なのです。題目からして明るいイメージは得るないように思えますが、しかし氏の書く物語には温かさが滲み出ていて、それでいて纏わり着く鬱陶しい暖かさではなく、何処か平穏をもたらされているかのような暖かさなのです。細かく登場人物達の心情を読み解こうとすると、注意して読まなければならない部分もありますが、それも含めて素晴らしい構成だったと思います。


 追記
 長らく拍手コメントの方を確認していなかったのですが、幾つかお勧めの作品を教えてくださった方々がいるのを見て、大変申し訳なく思います。これから目を通して、私なりの感想を付けて行きたいと思いますので、ほかにも良作があり、そうしてお暇があれば教えて頂きたいです。

05.01.23:14

優先順位が。

 書いているSSが幾つかあるのですが、それの優先順位がよくおかしくなって来ました。恋路の行方は早く完結させたいと思っているけれども、新しく書きたい話があったり、他にも書いてる作品があったり。書きたいものを書こうと思っても全部書きたいし、もうどうすればいいのか。

 と、そんなことは置いといて、先日投降した作品「猫と香霖堂」についてなのですが、深く読むと見えてくる謎があるようにしたつもりなのですが、その核心に迫ったコメントが一番最初についていて驚きました。あえて正確な回答を書くこともしませんが、霖之助にとっての優しさという観点に目を向けてくれたらなと思います。

 もしかしたら、孤立を望んだかのように建てられた香霖堂の店主も、別れを悲しむことがあるのかも知れません。それが生命力の点に於いて埋めることのできない差がある相手なら尚更そうでしょう。春が過ぎる時、美しい桜が散ってしまうように、夏が終われば蝉が死んでしまうように、秋が過ぎれば植物が枯れてしまうように、儚い存在が消えて行く様を見ることにはある種の寂しさが付き纏うものですから。

 時が立つのを指をくわえて見守るよりも、自らの手を下した時の方が安らかな事だってありましょう。
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