11.22.10:40
[PR]
09.09.22:35
幻想の詩―博麗の連―#5
霊夢×紫の連載物。
その言葉を、秋の風は優しく包む。
一か月が経過した。夏の面影は今や完全に無くなって、青々とした葉を煙らせていた木々は、黄色や赤の葉に衣替えをしている。閑散としている神社の境内にも、銀杏や紅葉と云った葉がひらひらと落ちては風に掬われる光景が日常となった。少しだけ大変になった掃除も、相変わらず捗っている。ただ、幾ら掃いても一向に終わらないだけで、他に変化は何も見当たらない。此処から見下ろせる幻想郷の光景が移り変わってから、紫は一向に尋ねて来る気配を見せなかった。
秋の空気は夏と違って淑やかな気がした。しかし、その淑やかさは寂寥に通じている。様々な果実を実らせ、生命が繁茂する季節は冬までは持たない。一度寒気蔓延る冬が訪れたなら、忽ち木々の葉は枯れて、色付いた葉は寂しい色に移り、枝を露出させる蕭条とした光景になる。生が沢山生まれるからこそ、冬へと変わるのは寂寥が付き纏うのだ。だからきっと、今の私の気持ちもそんな秋の風情に感化された影響なのだろう。冬が疎くて、寂しく思う気持ちも、全て。
渇いた空気は少し冷たくて、私は手を擦り合わせながら母屋の方へと歩き出した。落ち葉が止めどなく増え続けていては、一向に終わりが見えない。これが落ち着いた後でなければ、とても掃除は出来そうになかった。紫が居たなら、少しは頑張っていたかも知れない。何を見ているのかも判らない、あの視線を向けられていたら、きっと掃除が手に付かないだろうから。
◆5
無聊な時を居間で過ごす時間は、酷く静かだった。まだ日は高く昇っている。虫が鳴き出す頃には幾らか早い。夏には鬱陶しいと思えるほど蝉が騒いでいたが、それも無くなって見れば少しだけ寂しく思える。聞こえるのは空虚な風の音ばかりで、それに私のお茶を啜る音が混じるだけだった。縁側の外を見てみると、紅葉した木々が風に揺られている。梢に付いた葉が、何処かへ飛ばされて何処となく哀愁が漂っているように感じられた。
この一か月の間、本当に何も無かったように思う。異変も起こらなければ、宴会を行う事も無かった。此処で行われる宴会に何時も来る妖怪や人間にも、それぞれで事情があるのだろうが此処まで音沙汰無しだと逆に気味が悪い。毎日のように宴会を遣らされた日には流石に辟易したが、静けさが戻ればやはり寂しくも思う。何より、一人で悶々と過ごすよりかは、宴会でも行って一思いに爛酔に陥りたい。そうすれば少しは、今の悩みも忘れられるだろう。余計な事を考えて、憔悴する事も無かっただろう。――酷く不安定な自分が、どうしようもなく滑稽だった。
「……」
渋味が――殊に、紫が居ない時に飲むお茶の渋味は、普段よりも濃いようだった。思わず顔を顰めてしまう。何を考えtいるか判らない微笑を湛えて、扇子で口元を隠した奴でも筋違いに居れば少しは渋味も薄まったかも知れない。有りもしない事を考えて、熱い息を吐き出した。今は口の淋しさを晴らす為に用意した煎餅を齧る気にもなれない。
――興味を持たず、感情を持たず。
そんな教えが頭の中に厭らしくこびり付いている。剥そうとしても、誰かが囁いてくるように、頭の中にこの言葉が浮かんで来る。博麗に生まれたいと願った訳でもないのに、そんな風に諭されて、まんまとそれに囚われてしまっている自分が腹立たしい。いっそ自分を縛る全てを放擲して自由に行動出来たらと思う。だが、そんな事が出来れば私は一か月間も家に留まったりはしていない。結局私は博麗の呪縛から逃れられないまま、此処で呻吟する以外に何も出来ないのだ。
「――ああ、もう」
苛立たしげに、一人ごちる。どうしてこんなにも、色々と考えてしまうのだろう。何も考えずに呑気に暮らせたら、それに越した事はないのに、たった一人の存在が私を苦しめる。毎日のように来てたと思えば、急に来なくなって。変な事を云ったかと思えば、その真意を尋ねる前に来なくなって。もしかしたら、また何処からか私が悶えている姿を見てしたり顔をしているのではないか。そう云う悪趣味な事をしているなら、少しは納得も出来る。
外は相変わらず静かだ。風が流れる音と、葉が流される音。そればかりが聞こえる。何ともなしに外に顔を向けた。丁度突風が吹いたようで、木々に付いた葉が一気に散らされた。外の光景を全て覆い隠してしまうほどの葉の壁が、風によって形成される。豪と唸る風が地に落ちた葉も巻き上げて、その壁を作っていた。この色彩鮮やかな光景は秋らしい。そんな事を考えながら外を眺めていると、やがて風は弱まって来た。
次第に宙に舞った葉が落ちて行く。ひらひらと、緩慢な動作で重力に引かれている。――葉が上の方から落ちて行くにつれて、傘が見え出した。白い傘が露わになると、紫色の服装が次第に浮かび上がる。それら全てが地に落ちると、傘で隠していた顔を、出した。無駄な演出は、自分で創ったのか、それとも偶然なのか、八雲紫はそこに立っていた。
「こんにちは」
紫は相変わらず奥の見えない微笑を湛えながら、腰を曲げて大袈裟な挨拶をして見せた。突然の出来事で呆気に取られていた私は、外面だけは冷静だっただろう。無意識にお茶に口を付けて、殆ど条件反射に近い返答を寄越していた。――渋味を感じる余裕も、旨味を感じる余裕も、有りはしなかった。
「今日は割と、普通の来訪ね」
「随分な云い方ね。私は何時も普通に来訪していたつもりだけど」
「料理中に後ろに立ってたり、何時の間にか机の真向いに座ってたり、何処が普通なのよ」
「ふふ、それもそうかも知れないわ。でも今日は、霊夢が浮かない顔をしていたから」
紫の指摘に、図らずも顔が熱くなる。何処から見ていたのかは知らないが、あんたの事を考えていたなんて事は口が裂けても云えなかった。云えば、どれだけ馬鹿にされるか知れたものじゃない。だから私は何時もと同じように、「別に浮かない顔なんてしてないわ」と返して、またお茶を啜った。紫はその間に、あの微笑を浮かべながら縁側に腰掛けた。窓は開いているが、室内に入ろうとはしていないように見える。何時もなら、遠慮なく入って来ると云うのに。
「霊夢、お茶が飲みたいわ」
「……図々しいわね」
「駄目かしら。久し振りだから、とても楽しみにしていたの」
最初から淹れてやらないつもりはなかった。ただ、紫の云う事をすぐに引き受けると何か癪で、わざと焦らしているだけだった。これも私の悪足掻きなのだろう。――興味を持たず、感情を持たず。その言葉が頭の中を通り過ぎた。
にこにこと笑いながら私を見て来る紫に向って、呆れたように溜息を零すと私は立ち上がった。仕方ないから、と云う建前を置かなければ、動けない。飽くまで無関心を装わなくては博麗で居られないから。
「あら、淹れてくれるの?」
「仕方ないから、淹れてあげるわよ」
その建前は呆気なく成立してしまって、喜ばしいはずなのに内心は何か釈然としなかった。本当はこんな云い方をしたい訳ではない。ただ、意地悪く頭の中に響き続けるあの言葉がそうさせているだけだ。そう云い訳を自分に落して、私は台所に向かった。先刻沸かしたばかりのお湯は、やかんの中に入っているから、大した時間も掛ける事なくお茶を淹れ終えて、居間に戻る。綺麗に色付いた木々が立ち並ぶ林を眺めながら、紫は座っていた。
「淹れたわよ」
「ありがとう」
紫の隣に湯呑を置いて、私は先刻と同じ位置に座った。外は結構冷たい風が吹くようになっているが、紫は動こうとしなかった。そろそろ換気を終えて窓を閉めたかったから、中に入ったら、と云おうと思ったが、それより先に紫が言葉を発したので、それは後回しになってしまった。紫は静かな口調で、私に背を向けたまま言葉を紡いだ。
「今年は、早めに眠る事にしたわ」
散った葉が、再び風に巻き上げられて飛んで行った。
私はただ一言、「そう」と云った。
お茶の味は、全く判らない。
――end.
少し急ぎ足になってる気がします。
……ただ、構成を誤っただけかも知れませんが。
いまさらかもしれませんが誤字報告です
何を考えtいるか
となってます。
創想話から来させていただきました。
言い回しや、心理表現がとても見事だと思います
書かれた物全て読んでみるつもりです^^
- トラックバックURLはこちら