11.22.10:07
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09.04.23:48
幻想の詩―博麗の連―#1
東方SS三作目。
霊夢×紫の連載物。
遠い、最近になってそう思う。
距離はそう遠くない。此方の状況など考えないで、あいつは私の所へ遣って来る。いきなり来るな、と云った事もあったが、それでも構わずにあいつは私の所へ遣って来た。最近になって、それを諦めた。何時訪問されても驚かないくらいには神経が図太くなったのかも知れないが、長い眠りへとあいつが就くと、その図太さも一気に細く儚くなってしまう。一人でお茶を飲んでいても味が余りしなくなり、静かに流れる時が落ち着かなくなった。
私の神経は図太くなって、突然の訪問にも驚かないくらいにはなっている。だと云うのに、あいつが来た時に心臓の鼓動が段々と早まって行くのは何故なのか、私には一向判らないままだ。――少し、おかしいのかも知れない。
◆1
境内の掃除をしていると、落葉の数が日に日に多くなっている気がした。あれほど青々と繁茂していた草花も、色が褪せて秋の色彩に移ろい始め、幻想郷を取り巻く季節の変わり目が訪れている。高地に建てられている博麗神社の境内から眺める幻想郷の風景も、緑の勢力が次第に衰えて、黄色くなり始めているのが窺える。毎年、秋が近付いて来るのは楽しみだったが、今年は何故か秋へと移り変わって行く季節が恨めしく思えた。しかし、原因は判らない。
ふと後ろを振り返ると、賽銭箱の前に腰を掛け、日傘を翳している妖怪が居る。だからこの神社には参拝客が来ないのだ、そうは思うが云って聞くような妖怪でない事は悲しいくらいに理解しているので、今更になって何かを申し立てるような事もしなかった。迷惑な妖怪――何もこいつだけに限った事ではないが――八雲 紫は、澄ました顔で先刻から私の方を見詰めている。掃除をしている人間の何がそんなに面白いのか、顔には笑みさえ浮かべて。
「何見てんのよ」
後ろを振り返ったら図らずも目が合ってしまったので、私はすぐに掃除に戻る振りをした。何だかあの目が癪に障る。何か私の奥深くを見透かしてくるようで、裸体をまじまじと見詰められているような不快感が込み上げてくる。紫は私の言葉に何も返さず、暫くの間無言のまま居たが、それから間もなくして先ほどから浮かべている笑みを寸分たりとも崩す事なく、口を開いた。陽光を跳ね返す、金色の髪が目に眩しい。私は極力紫を目に入れないように努めた。
「する事がないから、ただ見ているだけよ。何か気になる?」
「……集中力が乱れるから止めて欲しいんだけど」
「あら、博麗の巫女は掃除の時にまで集中力が必要なのね」
くすりと笑みを零す紫が忌々しくなって、私は再び箒で地面を掃き始めた。実際は云い返す言葉が無くて悔しかったのかも知れない。何にしろ、紫が此方を見詰めている所為で掃除が手に付かないのは本当の事だ。手は動かしているのに、落葉は一向に集まらない。私は箒をただ振っているだけで、掃除をしていなかった。最初に作った落葉の山も、風に吹き飛ばされて崩れている。何が此処まで私を掻き乱すのか、原因を考えてみるとやはり紫が此方を見詰めている所為だと答える以外に選択肢が無い。私はとうとう掃除が鬱陶しくなって、母屋の方へと足を向けた。
「掃除は終わったのかしら」
「……小休止よ。誰かさんが居る所為で」
これでもか、と云うくらいに皮肉を込めたのに、相変わらず紫はにこにこと笑っている。髪の毛と同じ金色の瞳の奥に、何か物を云ってそうな光が湛えられているが、私には紫の考えている事は読めなかった。それなのに此方の考えは全てお見通しとでも云うように振舞うのだから余計に性質が悪い。あの笑顔に隠された本当の笑顔は、まるで悪戯を成功させた時のようにほくそ笑んでいるのかも知れないと思うと、意味もなく腹が立って来る。
――そうして頭の中で紫の批評をしていると、自分が冷静で無くなっている事に気付いた。私は頭を左右に大きく振って、気を取り直してから母屋の縁側を上がる。――居間には既に、紫が座布団の上に座していた。
「あら、お帰りなさい。上がらせて貰ってるわ」
勝手に家の中に上がった挙句、さも今日は今になって初めて私と顔を合わせた風を装う紫に、盛大な溜息を吐いた。どうしてこうも私を不快にさせるのか。ある日掃除をしていれば、何時の間にか賽銭箱の前に座っている。ある日お茶を飲みながら平和な時を過ごしていたら、澄まし顔をしながら隣に現れる。夕飯を作り終えて居間に持って行くと、お酒を片手に居間に座り、一緒に飲みましょうなどと提案して来る。
事前に約束があったなら何も云わないが、どれもこれも唐突の来訪だ。私にも個人の時間と云うのがあるのだから、迷惑に違いないが、何時も本気で追い出そうと云う考えには至らない。一度、紫に何かの境界を操られているのではないかと心配になったが、馬鹿馬鹿しくなったのでそれ以降はそんな危惧も持っていなかった。
「何時も勝手に上がり込んで、特に何もしないで帰るってのはどう云う料簡なのよ」
半ば諦めたように云いながら、私も居間に上がり込む。扇子で口元を隠している紫は、相変わらず澄ましながら座っていた。返事が来る事も大して期待せず、私はお茶を入れて来ようと台所の方に向かった。何故なのか、酷く落ち着かない。否、紫が居る時は大抵は落ち着かないものだ。何をするでもなく、お酒を飲みに来たり、少し話したりして帰る。幾度と繰り返されたそれは、一向に免疫を与えてはくれず、こうして紫が家の中に居ると云うだけで心に張られた水に、石が投げ込まれたかのような衝撃が走り、大きな波紋が何時までも広がって行く。例に漏れず、私は冷静ではなかった。
「……」
再び意味もなく腹が立って、私は早く湯が湧かないものかと苛々していたが、私があれこれ考えている内に既に湯は湧いていて、やかんが音を立てて水が沸騰した事を告げていた。慌てて火を消して、茶の葉を入れた急須にやかんの中の湯を入れる。透明な湯は、茶の葉を躍らせ、濡らして行く度に綺麗な黄緑色に変わって行った。
ふと、紫の分はどうしようかと思案する。何時も此処へ来る癖に、お賽銭の一つも入れて行かないし、たまには意地悪をしてやろうかと思い、客人用の湯呑を取り出そうとした手を引っ込めた。戸棚の中には、同じ色と形の湯呑が並んでいる。どうしようと考えている内に、結局その中の一つを取り出して茶を注いだ。もしもそのまま意地悪を敢行していたら、何を云われるのか判らない。紫に振り回されるのは御免だ。ただでさえ一緒に居るだけで疲れると云うのに。
湯気を立ち上らせる温かいお茶を二人分、盆に載せて居間に向かうと、紫は先刻と全く変わらない姿で座っている。何時にも増して胡散臭い雰囲気が滲み出しているようで、目を背けたくなる。金色の瞳と視線が合わされば、何を考えているのか無駄に探ろうとしてしまう。扇子で口元を隠していれば、そこに歪曲が描かれているのではないかと不安になり、黙って座られれば落ち着かなくなる。――私は何時から、他人の態度に対して敏感になったのだろう。
「霊夢」
私が紫の前に座った時に、唐突に名前を呼ばれた。見ると、何時ものような裏の読めない瞳の光がそこに無い。代わりに、寒気がするくらいの真剣な眼差しが私に向けられている。縁側から入り込む風が私と紫の髪の毛を揺らし、木々がざわつく。私は金色の瞳に吸い込まれてしまったかのように、茫然と座っていた。夏を終わらせまいと喧しく鳴き続ける蝉の声が、静かな室内に木霊する。紫がぱちと音を立てて扇子を閉じると、その声がぴたりと止んだように思われた。
その代わりになるように、風の音が耳を突く。颯と流れる、風の音が。
「〝会いたいから〟。これでは理由にならないのかしら」
―― 一際強い風が、私を嘲笑うかのように、吹いては過ぎた。
心臓を大きく跳ね上げさせる言葉を勝手に残し、無責任なままに。
何時から私は、他人の言葉に瞠目するようになってしまったのだろうか。その自問が、何時までも頭の中を巡り、答えを見付けだせないまま燻っていた。
――続
連載物を書いてみた。
この二人の組み合わせは結構好きだったりします。
霊夢×紫の連載物。
遠い、最近になってそう思う。
距離はそう遠くない。此方の状況など考えないで、あいつは私の所へ遣って来る。いきなり来るな、と云った事もあったが、それでも構わずにあいつは私の所へ遣って来た。最近になって、それを諦めた。何時訪問されても驚かないくらいには神経が図太くなったのかも知れないが、長い眠りへとあいつが就くと、その図太さも一気に細く儚くなってしまう。一人でお茶を飲んでいても味が余りしなくなり、静かに流れる時が落ち着かなくなった。
私の神経は図太くなって、突然の訪問にも驚かないくらいにはなっている。だと云うのに、あいつが来た時に心臓の鼓動が段々と早まって行くのは何故なのか、私には一向判らないままだ。――少し、おかしいのかも知れない。
◆1
境内の掃除をしていると、落葉の数が日に日に多くなっている気がした。あれほど青々と繁茂していた草花も、色が褪せて秋の色彩に移ろい始め、幻想郷を取り巻く季節の変わり目が訪れている。高地に建てられている博麗神社の境内から眺める幻想郷の風景も、緑の勢力が次第に衰えて、黄色くなり始めているのが窺える。毎年、秋が近付いて来るのは楽しみだったが、今年は何故か秋へと移り変わって行く季節が恨めしく思えた。しかし、原因は判らない。
ふと後ろを振り返ると、賽銭箱の前に腰を掛け、日傘を翳している妖怪が居る。だからこの神社には参拝客が来ないのだ、そうは思うが云って聞くような妖怪でない事は悲しいくらいに理解しているので、今更になって何かを申し立てるような事もしなかった。迷惑な妖怪――何もこいつだけに限った事ではないが――八雲 紫は、澄ました顔で先刻から私の方を見詰めている。掃除をしている人間の何がそんなに面白いのか、顔には笑みさえ浮かべて。
「何見てんのよ」
後ろを振り返ったら図らずも目が合ってしまったので、私はすぐに掃除に戻る振りをした。何だかあの目が癪に障る。何か私の奥深くを見透かしてくるようで、裸体をまじまじと見詰められているような不快感が込み上げてくる。紫は私の言葉に何も返さず、暫くの間無言のまま居たが、それから間もなくして先ほどから浮かべている笑みを寸分たりとも崩す事なく、口を開いた。陽光を跳ね返す、金色の髪が目に眩しい。私は極力紫を目に入れないように努めた。
「する事がないから、ただ見ているだけよ。何か気になる?」
「……集中力が乱れるから止めて欲しいんだけど」
「あら、博麗の巫女は掃除の時にまで集中力が必要なのね」
くすりと笑みを零す紫が忌々しくなって、私は再び箒で地面を掃き始めた。実際は云い返す言葉が無くて悔しかったのかも知れない。何にしろ、紫が此方を見詰めている所為で掃除が手に付かないのは本当の事だ。手は動かしているのに、落葉は一向に集まらない。私は箒をただ振っているだけで、掃除をしていなかった。最初に作った落葉の山も、風に吹き飛ばされて崩れている。何が此処まで私を掻き乱すのか、原因を考えてみるとやはり紫が此方を見詰めている所為だと答える以外に選択肢が無い。私はとうとう掃除が鬱陶しくなって、母屋の方へと足を向けた。
「掃除は終わったのかしら」
「……小休止よ。誰かさんが居る所為で」
これでもか、と云うくらいに皮肉を込めたのに、相変わらず紫はにこにこと笑っている。髪の毛と同じ金色の瞳の奥に、何か物を云ってそうな光が湛えられているが、私には紫の考えている事は読めなかった。それなのに此方の考えは全てお見通しとでも云うように振舞うのだから余計に性質が悪い。あの笑顔に隠された本当の笑顔は、まるで悪戯を成功させた時のようにほくそ笑んでいるのかも知れないと思うと、意味もなく腹が立って来る。
――そうして頭の中で紫の批評をしていると、自分が冷静で無くなっている事に気付いた。私は頭を左右に大きく振って、気を取り直してから母屋の縁側を上がる。――居間には既に、紫が座布団の上に座していた。
「あら、お帰りなさい。上がらせて貰ってるわ」
勝手に家の中に上がった挙句、さも今日は今になって初めて私と顔を合わせた風を装う紫に、盛大な溜息を吐いた。どうしてこうも私を不快にさせるのか。ある日掃除をしていれば、何時の間にか賽銭箱の前に座っている。ある日お茶を飲みながら平和な時を過ごしていたら、澄まし顔をしながら隣に現れる。夕飯を作り終えて居間に持って行くと、お酒を片手に居間に座り、一緒に飲みましょうなどと提案して来る。
事前に約束があったなら何も云わないが、どれもこれも唐突の来訪だ。私にも個人の時間と云うのがあるのだから、迷惑に違いないが、何時も本気で追い出そうと云う考えには至らない。一度、紫に何かの境界を操られているのではないかと心配になったが、馬鹿馬鹿しくなったのでそれ以降はそんな危惧も持っていなかった。
「何時も勝手に上がり込んで、特に何もしないで帰るってのはどう云う料簡なのよ」
半ば諦めたように云いながら、私も居間に上がり込む。扇子で口元を隠している紫は、相変わらず澄ましながら座っていた。返事が来る事も大して期待せず、私はお茶を入れて来ようと台所の方に向かった。何故なのか、酷く落ち着かない。否、紫が居る時は大抵は落ち着かないものだ。何をするでもなく、お酒を飲みに来たり、少し話したりして帰る。幾度と繰り返されたそれは、一向に免疫を与えてはくれず、こうして紫が家の中に居ると云うだけで心に張られた水に、石が投げ込まれたかのような衝撃が走り、大きな波紋が何時までも広がって行く。例に漏れず、私は冷静ではなかった。
「……」
再び意味もなく腹が立って、私は早く湯が湧かないものかと苛々していたが、私があれこれ考えている内に既に湯は湧いていて、やかんが音を立てて水が沸騰した事を告げていた。慌てて火を消して、茶の葉を入れた急須にやかんの中の湯を入れる。透明な湯は、茶の葉を躍らせ、濡らして行く度に綺麗な黄緑色に変わって行った。
ふと、紫の分はどうしようかと思案する。何時も此処へ来る癖に、お賽銭の一つも入れて行かないし、たまには意地悪をしてやろうかと思い、客人用の湯呑を取り出そうとした手を引っ込めた。戸棚の中には、同じ色と形の湯呑が並んでいる。どうしようと考えている内に、結局その中の一つを取り出して茶を注いだ。もしもそのまま意地悪を敢行していたら、何を云われるのか判らない。紫に振り回されるのは御免だ。ただでさえ一緒に居るだけで疲れると云うのに。
湯気を立ち上らせる温かいお茶を二人分、盆に載せて居間に向かうと、紫は先刻と全く変わらない姿で座っている。何時にも増して胡散臭い雰囲気が滲み出しているようで、目を背けたくなる。金色の瞳と視線が合わされば、何を考えているのか無駄に探ろうとしてしまう。扇子で口元を隠していれば、そこに歪曲が描かれているのではないかと不安になり、黙って座られれば落ち着かなくなる。――私は何時から、他人の態度に対して敏感になったのだろう。
「霊夢」
私が紫の前に座った時に、唐突に名前を呼ばれた。見ると、何時ものような裏の読めない瞳の光がそこに無い。代わりに、寒気がするくらいの真剣な眼差しが私に向けられている。縁側から入り込む風が私と紫の髪の毛を揺らし、木々がざわつく。私は金色の瞳に吸い込まれてしまったかのように、茫然と座っていた。夏を終わらせまいと喧しく鳴き続ける蝉の声が、静かな室内に木霊する。紫がぱちと音を立てて扇子を閉じると、その声がぴたりと止んだように思われた。
その代わりになるように、風の音が耳を突く。颯と流れる、風の音が。
「〝会いたいから〟。これでは理由にならないのかしら」
―― 一際強い風が、私を嘲笑うかのように、吹いては過ぎた。
心臓を大きく跳ね上げさせる言葉を勝手に残し、無責任なままに。
何時から私は、他人の言葉に瞠目するようになってしまったのだろうか。その自問が、何時までも頭の中を巡り、答えを見付けだせないまま燻っていた。
――続
連載物を書いてみた。
この二人の組み合わせは結構好きだったりします。
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