11.22.10:18
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09.07.18:46
幻想の詩―博麗の連―#4
東方SS六作目。
霊夢×紫の連載物。
博麗が自分なのか、霊夢が自分なのか。
その葛藤の中で、明らかになってしまった想い。
長く降り続いた雨は、夕方になって漸く止んだ。空を覆っていた重苦しい雲も、今ではその切れ間から覗いた太陽に白く照らされている。縁側から見える木々の群れは、青々とした葉から透明な雫を落としていた。地面に出来た水溜りに、その雫が落ちる度に微かな音が木霊する。虫の鳴き声が世の中を彩る中で、それはとても儚い音に聞こえた。
萃香は雨が上がると、早々に神社を出て行った。雨が止むまで休む事なく呑み続けた為に、ふらふらと頼りない足取りだったが、本人曰く何も問題はないらしい。年がら年中酔っているのだからそれも当然だと思って、私も何も云う事なく送り出した。濡れた服は今度取りに来ると云う。それで私の寝巻を着たまま出て行ったのだが、普段着と浴衣の差によって、何処か違う人物のように見えた。角が無ければ人里の人間の子と比べても何ら遜色はないだろう。
――萃香がこの神社を去る前に残した言葉が、今も私を苛めていた。何処か憂いを秘めた瞳で、何処か同情を交えた光を湛えて、萃香は私に一つの言葉を残して行った。迷惑だと思う。結局萃香は私を困らせる為だけに来たのではないかと思う。紫辺りが提案した意地悪を実行に移しに来たのではないかとも思う。しかし幾ら楽観しても、その言葉は重たい現実感を以て、私に圧し掛かった。――服を受け取りに来るまでは、色々と気付く事だね。でないと酒が不味くなるから。
何に気付けと、云うのだろう。私には考えてもその一片さえ理解する事は叶わなかった。
◆4
萃香が訪れた日から、数日が経った。その数日間は誰もが喜びそうな晴天が広がっていたが、それに反して私の心中には萃香が訪れた日と同じ、暗澹たる曇り空ばかりが広がっていた。境内の掃除も楽だったし、一人で飲むお茶も悪くないが、それでも何かが引っ掛かっているかのように、私は悶々とした日々を送った。この数日間、誰も訪れてはいない。それが主たる原因なのかと考えると、それも違うように思える。結局の所、理由の判らない悩みに苛まれ続けていた。
最初の内は、こう云う日の方が寧ろ自然だろうと思ったが、誰も訪れない神社を見ている内に、その考えも変わって行った。誰か来てくれなければ私は何もする事が無い。異変も起こらなければ、小さな事件でさえ起こらない。また来ると云った魔理沙も来る気配を見せなかった。誰でも好いから来て欲しい。そう考えるようになった。
しかし、誰も来ない日が更に続くと考えはまた変わった。それは、少なからず萃香の来訪も関わっていたのだろう。紫が頻繁に此処へ訪れると萃香へ話したと云うのが、その中でも原因に一番近い。頻繁に来ていると思えるほど此処へ訪れていたのなら、どうして急に来なくなったのか。呼ばなければ勝手に来る癖に、肝心な時には来ない。そんな自分勝手な考えで、紫の来訪を願っている自分が居た。そして、その度にあの言葉が私の中に落ちるのだ。――興味を持たず、感情を持たず。今の私は、果たしてそのどちらにも当てはまっているのだろうか。そんな事は断じて有り得なかった。
――興味を持つ事なかれ。感情を持つ事なかれ。
それは、幼い頃より云い聞かされていた言葉だった。誰に云われたのかは覚えていないし、何時から云われていたのかも覚えていない。だが、それが博麗の巫女としてあるべき姿だと云う事は理解していた。
斃す妖怪に興味を持つな。興味を持てば殺せなくなってしまうから。
あらゆる感情を持つな。そうすれば自身だけでなく、他人にも危機が及ぶから。
博麗の巫女は幻想郷の機能の一部として存在しなければならない。
今も時々紐を解く、博麗に伝わる書にはそう書いてある。そして、今までの博麗の人間は、それを遵守して来たのだろう。だが、その伝統とも云うべき生き方は、私の代で潰えつつあった。妖怪を打ち倒す人間として、この神社に住む博麗の巫女は、今や妖怪と共に宴会を交わすくらいに堕落している。それどころか、その妖怪の来訪を心待ちにしてしまっている。私は、博麗の名を辱め、汚したのだ。スペルカードルールと云う物まで作って。
害を成す妖怪を悉く駆逐してきた代々の博麗は、私を見て何を思うのだろう。それを考える度に、自分の首を絞めたい衝動に駆られる。かつての博麗から見たら、私は不様なのではないだろうかと不安になる。もしかしたら、私は幻想郷の平穏の為に、誰も殺さないあのルールを作ったのではなく、現在の私の状況を危惧して作ったのではないか。自身の寂寞を晴らす為に、或いは自分にとって特別な者を殺さないように。――それが誰なのか、何時も霞みが掛かったかのように判らない。混線する思考、毎日それを繰り返した。私は言訳を、何時までも繰り返していた。
「認められる訳ないじゃない」
一人、自嘲するように呟く。それに返してくれる者は当然の如く居ない。机の上に置かれた、一人分だけの湯呑から立つ湯気が、寂しげに天井に向かって行った。
認められる訳がないのだ。〝それ〟を認めるならば、私の存在が破綻してしまう。絶対的な存在意義が、矛盾を起こして崩れてしまう。私は私として在る為に、認めてはならないのだ。
興味を持たず、感情を持たず。それを自分の中に幾度も呟いた。呟けば呟くほどに痛みが広がるだけで、全く要領を得なくても、構わずに呟き続けた。何時しか、それは涙となって頬を濡らして畳に落ちた。私は一人咽び泣きながら、机に突っ伏して泣いた。泣き声を聞いてくれる人は居なかった。博麗じゃない私を見る人は、居なかった。
◆
暗い闇の中に落ちた私は、自身の過去を見た。それは夢と云う物だったのだろう。幼い私が、博麗の巫女になる為に修行をしている光景が流れていた。私を取り巻く人の顔は、そこだけ影が掛かって何も見えなかった。私にとって大事な人であった気がしても、一向に見える気色はなかった。
幼い私は、周りの人間に出される指示に従って、結界を張ったり、符を投げたりしている。上手く出来なければ、容赦のない罵倒が耳を劈いた。
あの頃は何時だってそうだった。博麗として生まれた者には、一欠片の優しさも掛けられなかった。博麗の巫女として一人前になった時に、初めて他人に認められるのだ。顔の見えない老人が私に云っていた。
過ぎて行く光景は、修行の光景ばかりを映し出した。楽しそうに誰かと会話をする姿も、同い年の子供と話している姿も無い。ただ、人里に下りる時に見る他の子供達を、羨望の眼差しで見ている姿ばかりが映る。私は博麗として在る以外に、自己を保つ手段が無かったのだと、今一度思い知らされた。
夢は段々と最近の出来事にまで進んで行った。吸血鬼が紅い霧を出した事件、冬が長引いた事件、永い夜の事件――それらが順番に映し出されて行った。その中で私は笑っていた。友人と話し、敵であったはずの妖怪と話し、楽しそうな時を過ごしていた。しかし、何時も独りになればその表情に浮かぶのは苦悩ばかりだった。自分は何をしているのか、何をするべきなのか、そればかりを考えていた。紫が訪れた時も、そうして自分を冷静にしていた。
そこで、夢は途絶えた。
重い瞼を開くと、外はもう薄暗くなる時分で、蝉達の鳴き声は無くなり、その代わりと云わんばかりに夏の虫達が騒ぎ立てていた。湯呑のお茶はもう完全に冷め切っている。湯気も上がっていなかった。
認めてはならない。また自分に云い聞かせる。
そうすればそうするほどに、反する気持ちは大きく膨れ上がる。
認めてはならならない。――紫の事が好きだなどと。
馬鹿げているにもほどがある。私は、博麗の巫女なのだから。
――end.
連載物四作目。
霊夢は、博麗としての自分と霊夢としての自分で、何時も葛藤しているという解釈。
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