11.22.17:47
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11.16.19:09
幻想郷大戦#8
たまには激しく戦闘物。
背負ったの物は全ての誇り。
失くそうとしている物は、愛おしい者達。
その手が掴んでいるのは、陽光を反射する鈍色の針であった。細い針は頼りなく見えるが、しかし十分な威力を持っている。殊に妖怪に対して、その力は大きい。そういう術式が組み込まれている。彼女はこれを、スペルカードルールの為に作り、そうして弾幕ごっこに勝利する為に用いた。けれども、今ではそれも純粋な凶器である。他者を殺す為だけに用いられ、身を守る為に用いられ、決して生かすなどという生温い行為には使われない。
眼下には無残な光景が広がっている。何もかもを破壊しようと、大地に降り注いだ流星群が、綺麗な大地を陰惨たる有様に変貌させていた。
目の前には緑色の髪の毛が生えた頭、そして風に靡くマントが見えている。それを着ている主は、何も知らないまま眼下に広がる光景を見ては笑っている。あの巫女を私が倒した、と繰り返している。――その巫女は、正に彼女の真後ろに、あらゆる気配を押し殺して、浮いている。
やがて、その手に掴んだ針は、厳酷な勢いを伴って、リグル=ナイトバグの首に向かい、投擲された。
◆
「――っ!」
リグルは思わず呻いた。明確な声は口を出なかった。むしろ息が詰まる。をれが自分に及んだ危険の大きさ示している。彼女の四肢からは、赤い血が流れ、指先から雫を垂らしていた。
「得意になってる所を悪いわね」
「いつ、一体いつあそこから脱出したの」
「あんたと私の間に煙が広がった時に」
霊夢は負傷したリグルの事を憐れむ事なく、淡々と言葉を紡いだ。そうして、また針を取り出した。それに組み込まれた術式は、妖怪の力を奪う物である。だから妖怪にはこの針の効果が殊更大きい。その上、弾幕ごっこに使う物とは違い、針の先端に安全性を考慮した丸みが損なわれている。術式の力は、その所為で増している。今リグルの四肢からは急速に力が失われている事だろう。
「それじゃ、もう終わりね。一つの油断が死を招くのよ」
霊夢は非情に云い放つ。リグルにとっては死刑宣告と同義である。四肢は震えて動かない。永い夜の日に喰らった札はこんなに強くはなかった。多少当たっても、まだ戦えるだけの余力が残るようになっていた。しかし、あの針を喰らい、自分はどんな状態になっているのかを考えると、先刻まで雑魚とさえ思えた博麗の巫女が、とてつもなく恐ろしい存在のように思われる。奥歯がかちかちと鳴り出した。
霊夢は緩慢な動作で針を投擲しようとする。狙われるのは心臓か、咽喉か、はたまた眼球か。急所は避けられまい。リグルはそう考えて、心臓を貫かれた自分を、咽喉を貫かれた自分を、そうして眼球を貫かれた自分を頭の中に思い浮かべた。その中には、血まみれになった自分が、痛いと呻いている姿がある。そして、そんな自分を見下ろす巫女が居る。その巫女が、止めだと云わんばかりに針をまた投げ付ける。それで視界は闇に包まれる。リグルは一度目を瞑り、再び開いた。目の前には博麗の巫女が居る。
「嫌だ……こんな所で、死んで堪るか」
だらりと両足両腕を垂らしながら、夢に唸らされるように、リグルは繰り返しそんな事を呟いた。
「嫌だ、嫌だ、私の、私達の力はこんな物じゃない。――こんな物じゃない!」
足に、腕に、力は入らない。身体は浮かしているのがやっとである。到底霊夢の投げる針を避ける事など叶わない。それでもリグルは諦めなかった。奥歯は恐怖でかちかちと音を鳴らしている。死に際を感じているのか、心臓は暴れ狂っている。脳は逃げろと警告している。ただ身体だけが云う事を聞かない。ことごとく意に反している。刺さった針が、力を奪って行く。――霊夢は遂に、針を、投げた。
リグルの瞳孔が、針を捉える為に小さくなる。人間の力とは云え、その針に組み込まれた術式の所為か、速度には凄まじいものがある。風を切る音さえ無くし、ただ殺意を収束させて身に迫る凶器を、リグルは見詰め続けた。それがその身に到達するのが、遥か先の未来のように思えた。
――リグルの背中には、大きな物がある。彼女は全ての虫達の味方で、虫達は全て彼女に味方する。そうしてその全てが自らの尊厳を訴えている。だからこそ、リグルはこの戦いを革命と称した。嘗められ続ける存在の虫が、本来の誇り高き存在に戻れるように、身勝手な人間に復讐する為にと。しかし、彼女が居るからこそ統制の取れる虫達は、リグルを無くして意思を持つ事は出来ない。リグルの死ぬ時が、全ての虫達の敗北なのである。
彼女は大きな物を背負いながら、この場で死ぬなどと考えられなかった。でなければ、自分を信じて武器になってくれる虫達に申し訳が立たないのである。だからこそ彼女は強く願う。この戦いの勝利を、博麗霊夢に勝つ事を。それでも現実は変わらない。霊夢の投げた針は、リグルの胸に突き刺さった。痛みが胸を走る。たかが針が、心臓まで達している。熱い血が、喉の奥から昇って来る。間もなく死ぬのだ、彼女はそう思った。
――続
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