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主に東方projectの二次創作について綴る事を趣旨とした、個人的ブログです。 記事のほとんどはSS関連になると思います。
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  • 11/22/16:50

09.28.01:12

幻想の詩―神と風祝の連―#9

東方SS二十四作目。
守矢神社の面々で連載物。
※鬱要素有り



桜の花がまた一枚、散って行く。

 その話をする前に、ある程度の覚悟は決めていたように思う。

 拒否するかも知れないなんて事を考えていなかったのなら、それは相当の楽観的な思考を持った者だ。生憎、彼女は違った。どちらかと云えば、悲観的な思考を持ち易く、今回の件にしても快い返事は貰えないと思っていた。

 何故ならそれは、彼女の否定を促す話だったのだから。それらを捨ててまで、自分に付いてきてくれるなどとは思っていなかった。




 ――元より、そんな資格が自分にあるはずないとまで思っていた。




 だが、悲観的な思考を持っていた彼女でさえ、その反応は予想し得なかったろう。まるで突如吹き荒れた風が、雄大に広がる海を荒ぶらせたかの如く、それは激しかった。自分を守る為の目を中心に置いて、全てを吹き飛ばすかの如く渦巻く台風のように、凶暴であった。故に思う。彼女を救う手立てはないのかも知れない、と。


 


 





 


 




 お互いに黙りこくった状態で、早苗と神奈子は向かい合っていた。

 神奈子の表情は重苦しく、早苗の顔は激しく泣いた痕が見て取れる。そんな中、神奈子はどう話を切り出そうか考えていた。だが、素直に来て欲しいと云って拒絶されるのは怖かった。早苗の異変に気付けなかった自分がどんな顔をしてそんな事を云えば好いのかも判らない。だから神奈子は、幻想郷の事から話し始める事にした。




「この世界から隔離された不思議な世界があるの。私達のような存在が住み易い土地、それこそ妖怪が跋扈する、この世界に生きる私達からしたら有り得ない世界。そこに行く方法を、最近見付けたわ。幻想郷と云うのだけど」




 そう云い終えて、神奈子は早苗を見遣る。俯いて洟を啜っている姿から、表情を窺う事は出来ない。ただ、表情を隠している前髪が時折揺れるばかりである。神奈子は次を云い出そうか云い出すまいか、迷った。

 早苗は何の反応も示さない。行きたいとも云わなければ、行きたくないとも云わない。また、幻想郷についてもっと深い所を知ろうともしない。神奈子は話に詰まって、暫く黙っていた。




「……どうして、そんな話をするんですか?」




 未だ俯いたままの早苗が、この話に入って初めて言葉を口にする。神奈子は自分が安堵したのか、また怯んでしまったのか判らなかったが、話しを続け易くなったのは確かである。




「云いたくはないけど、早苗が少しでも住み易い世界に生きれるように、私達も考えていたのよ。幻想郷なら人々に疎まれる事もない。力を持つ者が生き残るような世界。早苗にはその力があるわ。だから――」




 ――神奈子の言葉の先が、それから紡がれる事はなかった。

 早苗が突如口にした言葉が、それより先を発する事を許さなかったのである。早苗は泣いた所為で掠れた声音で、静かに喋り出す。青空を覆い隠す雲が、徐々に広がるかの如く、物静かな雰囲気を持っている。だが、それは嵐の前の静けさに他ならない。今の静かな口調でさえ、荒れ狂う前兆を示唆している。神奈子はそれを見逃さなかった。




「私に、幻想郷に行けと仰るんですか? 今まで風祝として育てられて、必死にそれに応えようとしてきて、辛い仕打ちにも耐えて――それなのに、今更楽な場所へ、行けと仰るんですか?」




 神奈子は思う。

 自分は言葉を間違えたのかと。それともこうして幻想郷に行こうとする提案が不味かったのかと。

 だが、心の奥底で既に理解は及んでいたのだろう。神奈子が早苗に向けたのは紛れもなく同情で、今まで好く耐えたから、そろそろ楽になれ、と云うのと同義なのであると。だからこそ、早苗の言葉には怒りの調子が含まれている。どうして、今までの自分を否定されて怒らずに居られようか。――神奈子が云うべきだったのは、自分の状況である。




「私はそんなつもりで――」

「だって、そうじゃないですか。幻想郷に行って疎まれる事も蔑まれる事も虐められる事も無くなると云ったって、私には生きる理由が無いじゃないですか。風祝だったから、今まで頑張って来れたのに!」




 ぽたり、と畳に早苗の雫が落ちる。最早神奈子には何も云えなかった。少なからずと云えども、この世界からの逃避を望んでいるだろうという打算を持っていた以上、言訳の余地はない。神奈子はそう心中で自白した。


 自分の目には、きっと憐憫の光が湛えられているに違いない。最も早苗の望まぬ光が、湛えられているに違いない。神奈子はその自覚を持っていながら、それをどうにかする事は出来ずにいた。真に憐れんでいるのは自分の愚かさである。決して、こんなに取り乱してしまうまでに早苗が追い詰められていたからではない。それでも、その瞳を見れば、早苗は自分に向けられた同情だと思うだろう。そういう事を、神奈子が好まないと判っていても。




「どうして、そんな事を云うんですか? 八坂様なら、頑張りなさいって云ってくれると思ったんです。そうすれば、どれだけ辛くても、この身が傷付いても耐えられます。私を風祝としてしか見ない家人にだって、気丈に振舞えます。それなのに、逃げろだなんて! 八坂様も、洩矢様も、私を風祝としてだけ見るんですか……っ」




 ――ああ、きっと私は荒れ狂う海の中に、今にも壊れそうな継ぎ接ぎだらけの小舟に乗って、投げ出されたのだろう。抵抗も出来ず、容赦なく全てを飲み込む波に打たれる脆弱な存在として、海の藻屑になるのだろう。今の私はそれと同じだ。早苗の云う事は全て合っている。私達は知らない間に、否、気付いていながらそれを敢行したのだ。




 早苗は、自分を東風谷早苗として見てくれる私達を慕っていたのに。




「私は、そこへ行けません。例え八坂様達が善意で考えてくれた事だとしても」




 再び俯いた早苗に、神奈子は何も云えなかった。

 ――もうじき、私達は消えてしまうから。

 早苗を幻想郷に行かせたかった本当の理由は、泥水のような心の底に沈澱して、虚しく降り積もって行くばかりである。廊下と部屋とを分つ戸の向こうで、誰かが歩き出す音を聞いた気がした。


 


 




――続

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