11.22.16:23
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09.29.21:28
幻想の詩―神と風祝の連―#10
守矢神社の面々で連載物。
※鬱要素有り
ごめんなさい。そう書きたい衝動を必死に抑えつつ筆は動いて行く。
「間違ってたのは、私達なのかしらね。それとも、こんな世界なのかしら」
見慣れた庭先に咲く桜の花を眺めながら、神奈子はそう呟いた。もう花弁は殆ど残っていない。穴だらけになったみすぼらしい衣を纏っているかのような、寂しげな桜は直に枯れるのだろう。そして、それが再び咲き誇る時には自分達はこの世に存在していないのだと、神奈子は思った。実際、自分の力が衰微しているのは目に見えて判っていた。
しかし、あれほど激しかった焦燥感も、今では諦念の感に変わり、何も彼女には与えなかった。せめて残り少ない時間を不様に駆けずり回してくれたなら、少しは楽だったろう。だが、どうしても彼女は何をする気にもなれなかった。
「私達だろうさ。だって、この世界ではそれが当然なんだから」
その言葉に含まれた意味は、何も出来ずにいた自分への言訳だったのか、それとも理不尽な事が許されるこの世界への皮肉だったのか。答える者は無論居ない。また、正解を諭す者も居ない。荒涼とした景色を眺める事の出来る縁側には、力の無い光を瞳に湛えた二人の神が立っているばかりである。
◆
彩りの褪せた一日の中で、時折神奈子は早苗の部屋を覗き込む。最早言葉にも出来ぬ心配は、密かに解決するしかないからだ。だが、そうして早苗に気付かれないように部屋を覗き見ても、神奈子の心配が解消される事は無かった。何時でも彼女の部屋の中には、悲愴感の付き纏う表情を浮かべながら、背中や腹に浮かんだ痣を治療する姿があるのだ。それを見て、どうして安心出来ようか。神奈子には悔恨に押し潰されそうな表情を浮かべるより他はなかった。
「――早苗、どうだった?」
早苗の部屋から引き返している途中に、神奈子は諏訪子に会った。普段の日常の中で、廊下で行き当たる事など全く不自然ではないが、神奈子には自ずと諏訪子が自分と同様の目的を持ってこの廊下を進んでいたのだと知れた。
それだから、神奈子は自分の見たままを諏訪子に告げる。虐めは無くなっていないという事、見ていて感情が伝わってくるような悲しげな表情を浮かべていた事。それらを話し終えると、諏訪子はそれが判っていたかのように、肩を落とす。自分達の仲はこんなにも不安定な物であったろうか。神奈子はそれを思うと、泣きそうになる。
「いっそ早苗を辛い目に合わせている奴らを居なく出来たら好いのにね」
早苗が生まれる、ずっと前はそうした連中が居たとしても、神の裁きが下ったと判断される事も少なくなかった。が、現代では事件の中心人物は忌避されるべき存在として扱われる。諏訪子の提案は元より机上の空論であった。その上、万が一にも早苗がそれを望むような事はありはしない。それを判っているからこそ、神奈子は何も云わなかった。
「早苗がそれを望まないなら、せめて悪足掻きだけでもしてみましょうか。卑怯だけど、早苗を守る為に。あの子は優しいから、きっと来てくれるわ。――私達がもうじき消えると知れば、恐らくは」
「時間にすれば、後何日だと思ってる?」
「早くて二三日、遅くて一週間かしらね」
「……同感だね。だったら、悪足掻きも好いかも知れない」
「ただ、良心の呵責に耐え続ける自信があるならの話だけど」
「どちらにしろ、覚悟は決めていたよ」
覚悟の有無以前に、二人は既に良心の呵責に苛まれていた。
早苗を騙すも同然な行為を行うという事が、既に二人にとって苦痛だったのである。
二人が消えると知れば、成程、早苗は幻想郷に行く事を決意するかも知れない。風祝は神を奉る存在でなければ意味が無いのだ。神が消えてしまえば、その時点で早苗の大事にしていた存在意義は失われる。そしてまた、心を開く事の出来る大切な存在だった二人が消えてしまえば、この刻薄な世界で生きて行く自信も薄れる事であろう。
だがそれは、二人の確信の元に起こり得る事象なのである。
自分達をどれだけ早苗が慕っていたか。それを知るからこそ、この決断を下すに至る。どんな綺麗な言葉で飾ろうとも、二人の成そうとしている事が騙すという行為に違いはない。
「神様が消えるのは自然の道理、巫女が消えるのは、自然の道理……なのかな」
「世界が受け入れないなら、そういう事よ」
「そんなのは、変えなくちゃならない。――変えなきゃ気が済まない」
「幻想郷に行けば全てが変わるわ。例えそれが確かな存在でなくとも、この世界よりは光に満ちているはずだもの」
「これから起こる事は永遠に闇の中。――それも、幻想郷に行くのかも知れないね」
この静謐な神社はやがて血に染まるのだろう。
諏訪子の云った闇とは、自身の心である。闇に染まった心で無ければ、それを行う事は出来ないのだ。諏訪子と神奈子は同様の闇を抱えて幻想郷に辿り着く事を願うのであろう。例えそれから幾星霜、罪の意識に悩まされようとも、早苗の笑顔を見る度に心苦しくなっても、それらに耐えながら生き続けるのだ。
神として――否、そうではない。
二人は神から堕ちるのだ。人知れず、そしてまた、未来永劫決して知られないままに。
二人は一つの案に賛成した。
早苗に手紙を書こうと。自分の口が早苗を騙す言葉を吐き続けるのを見るのは、とても耐えられた物ではないからと、自分達が消える旨を、記す事にした。そしてまた、その期限が直前になるように仕向けようとした。結果的に早苗に与える時間を短くして、追い詰めて、決断を下し易いように。卑怯なのは重々承知である。けれども二人は、早苗を救う手立てが他に浮かばなかったのだ。例え独り善がりだったとしても、早苗を助けなくてはならないと感じていたのだ。
真白な紙面に、黒い墨が滲んで行くのを見るのは、何故か嫌だった。
早苗に送る文字を綴りながら、神奈子はそう思う。
まるで自分の心が墨に塗り潰されて行くかのような心持がする。
これから起こり得る事実の自覚に、手紙を書いている間中神奈子は苛まれ続けた。
――続
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