11.22.16:45
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09.15.00:52
幻想の詩―博麗の連―#9
霊夢×紫の連載物。
真偽を確かめる術はなく。
いらっしゃい。
気楽な声でそう云った嘘吐き者は、相変わらずの笑みを浮かべて私を迎え入れた。従順な式は家には居ないと云う。私を案内した猫も、気付いた時にはその姿を消していた。だから、私は予期しない唐突な再開に順応出来なくて、庭に招かれて縁側に腰掛けた嘘吐き者の姿を見てから、間抜けだと実感せざるを得ないくらいには、茫然としていた。
それも仕方がないとは思う。また予想しておくべきだったとも思う。
その可能性を信じて此処に来て、まだ大丈夫と云う想いを抱いていたのだから、これは紛れもなく私にとっての僥倖であったと云うのに、それでも私は口の端を震わさずには居られなかった。他人を小馬鹿にしたその笑みが、無性に腹立たしかったのだ。何時も私に向けていたその笑みが、無性に腹立たしくて仕方がなかったのだ。
悪趣味ね。そう云うと、嘘吐き者はまた、いらっしゃいと云った。
◆
「早めに眠ると云ったのは、何処の誰だったのかしらね」
縁側に腰掛けて、懐かしい匂いを感じながら私は呟いた。何の事かしら、とわざとらしくとぼけて見せる紫は相変わらずその考えの根底を読ませないが、少なくとも私の来訪を疎んじているようには見えなかった。もう寝るから、なんて理由で突き返されれば、私はとんだ笑い者だ。いや、笑えもしない。むしろ泣けてすら来る。つらつらとそんな事を思い浮かべていたら、庭の木立に止まった鳥が一声鳴いた。まるで私を笑うかのようだった。
「早めに眠ろうと思ったのに、寝れないんだから仕方がないわ。それに、だからこそこうして話せるんじゃない」
「それはそうだけど……」
「それとも、私なんて早く眠れと思っていたのかしら」
「そんな事云ってないわよ!」
思わず声を張り上げてしまい、隣りを見るとくすくすと押し潰した笑いを堪えながら、紫が扇子を口元に当てていた。先刻私を笑った鳥も、驚いたのか空に飛び立っている。静謐な空気の中に場違いな私の大声が響いたのだと思うと、恥ずかしくなってしまって私は紫から目を逸らした。きっと頬が赤くなっている。これ以上にない屈辱だ。
「そんなに必死に否定されると、嬉しいわ」
「……相変わらず腹立つわね」
「だって、霊夢がいけないのよ。私は本当に不安だったんだから」
「普段から嘘吐いてる奴の云う事は信用ならないわ」
目を逸らしたままそう云って、私はなるべく紫を見ないように視線を在らぬ方向に向けた。冷たい微風が火照った頬をほどよく冷やしてくれる。そのお陰か頭の中もすぐに冷静さを取り戻したようだった。
そんな私の内情を悟ったのか、紫はもうからかっては来なかった。目の端で見遣ると扇子を口元に当てながら庭先を眺めている。澄んだ金色の瞳には哀愁のような何かが籠められているように思われたが、敢えてそれを指摘する事なく、私も庭先を眺め始めた。寂寞漂う落ち葉が風に吹かれて舞っている光景が真先に目に入る。かさかさと乾いた音を立てて、それは何処かへ吹き飛んで行った。既に時間の感覚は私にはなく、過ぎる時も随分と遅く感じられる。私は少し気まずくなって、何か話そうとも思ったが、それも憚られてしまったので結局紫の言葉を待つより他になかった。
「霊夢」
不意に名前を呼ばれ、紫の方を向いた。先刻と変わらず庭先を眺めている姿には寸毫も変化が見られなかったが、ただ名前を呼んだ訳ではないようだった。その証拠に紫の顔はすぐに私の方に向けられて、真摯な眼差しが痛く刺さって来た。脅されている訳でも威圧を掛けられている訳でもないのに、その眼差しを見ていると酷く胸の中がざわついてしまう。何も云わずに見詰め続けられると、私の奥深くまで見通されているようで、不快とも戸惑いとも付かない感覚を覚える。だから、やはり私は何も云わずに紫の二の句を待ち続けた。
「私が嘘吐きだと思ってる?」
その問いは意外にも陳腐な物に思えて、無駄に緊張していた私は拍子抜けした。ともすればそれは失望にも似通っているかも知れない。とにかく、私は紫の言葉に安心はしたけれども、同時に落胆にも似た感情を抱いた。何に期待していたのかは、それを知る前に知る事を拒否していた。知れば穏やかな水面に津波が引き起こされるが如く、私は平穏を失うだろうと判っていたからだ。そしてそれが未だ私の中に蔓延り続ける弱さだと云う事にも気付いていた。
「印象としては、そう云うのも強いかも知れないわね」
そう云うと、紫はまた扇子を口元に当ててくすりと笑う。その行為は卑怯だと度々思う。ただでさえ読めない奴なのに、表情の半分を隠されたら最早読みようがない。私は勘が好い方だと自負してはいるが、それも紫の前に限っては無力な物になっている気さえする。――だから、次に云った紫の言葉など、想像もしていなかった。
「――じゃあ、早めに眠るなんて嘘吐いたのも、全部貴方の気を引きたいから、なんて云ったら嘘だと思われてしまうのかしら」
心なしか細められた瞳以外に変化など見当たらない表情を、馬鹿の一つ覚えみたいに見詰めていた。云いたい言葉が見付からず、それを探している間も当然のように時間は経っていて、とても長い時間が経過したと思っても紫の表情は変わらなくて。
嘘だ、なんて云ったらどんな反応をするのだろうとか、嘘だと思えないと云えばどんな反応をするのだろうとか、そんな事を頭の中に浮かび上げては掻き消すの繰り返しだった。どちらの答えが正解なのかも当然判らなくて、そもそもこの問いに正解なんてあるのだろうかと疑ってしまう。それでも、紫の表情は沈黙と云う答えは許さないと云っているように思えた。――興味を持たず、感情を持たず。そればかりが思考を遮っていた。
「……判らないわよ」
私の発した言葉は、果たして正解だったのか、それとも逃避だったのか。
しかし傍目から見ても判るだろう私の動揺は、既に答えの一部を映しているかも知れない。
口元に当てていた扇子を退けて、紫はふっと微笑んだ。それでも考えている事は少しも判らなかった。
――続
次で最後になると思います。
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