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10.04.23:39
幻想の詩―博麗の連―#エピローグ
霊夢×紫で連載物。
長い冬が過ぎ、春が幻想郷を包み込む。
ある日の昼下がり、私は例の如く境内の掃除を済ませて、縁側に座りながらお茶を飲んでいた。
相変わらず、異変がなく、誰かが来訪しないと私の生活は変わり映えがなかった。何処かに行くという手段もあるにはあるが、どうしてもそうする気にはなれない。ただ、何処かに期待があるのかも知れないと思った。思っているからには、例え微かであろうとその自覚を持っているという事なのだろうが、生憎それを認める気概は私にはない。
心なしか、縁側から見る風景は以前と大分変わった。去年、此処で見る桜には今ほどの鮮やかさはなかったように思う。まるで桜に取り囲まれた世界に一人で佇んでいるような、そんな印象を受ける光景が、広がっていた。長い冬を越えて、とうとう過ごし易く視覚的にも楽しめる春へと季節を移した時分、私は毎日のように高鳴る心臓の鼓動を感じていた。
私が座っている縁側に置いた盆の上には、何時でも誰かが来て、お茶の催促をしても好いように、もう一つ分の湯呑を置いている。それと申し訳程度のお茶菓子も置いた。準備は万端、そんな事を思う度に、頬が熱くなってしまう。
――ああ、もう。
認めるしかなかった。幾ら自分を騙そうとしても、やはり心臓の鼓動は泊ってくれなくて、私は忌々しげに溜息を吐くと、蒼茫たる空を見上げる。今日は雲一つさえ、あの空には浮かんでいない。私は周りに誰も居ない事を確かめると、「まだなのかしら」と誰にともなく呟いた。桜の光景は綺麗だったが、後一つ、何かが足りていない。
◆
一人、呆けながら過ごしていると時間の経過を忘れてしまう。だからなのか、私は気付けなかった。何時もなら此処まで歩いてくる所に私が声を掛けるのだが、今日ばかりは相手の方が先に声を掛けてきた。久し振りというほどではないが、魔理沙が訪れていた。箒を片手にようと云ってきたので、私も漸く我に返って、挨拶を返した。
「なんだ、紫はまだ来てないんだな」
「大方まだ寝てるんじゃない?」
「別に珍しくもないか。――去年なら」
縁側に座り、唐突に尋ねられた問いに、適当という風を装って答えると、魔理沙は意地悪い微笑を湛えて、含ませぶりに云って見せる。それに一々反応するのが癪に思えたので、私は敢えて何も云わずに、新しいお茶を注ぐために立ち上がろうとした。
「あ、茶ならいらないぜ」
そんな私に魔理沙は慌てて云って、また意地悪いにやにやとした笑みを浮かべ出した。何が云いたいの、と云おうとしたが、やはりそれも癪なので反応せず、私は「あんたは珍しいのね」と嫌味を込めて云ってやった。それでも魔理沙には何の痛痒も与えなかったらしく、にやにやと笑いながら私を見ている。
「誰かさんの為の湯呑を奪う訳には行かないからな」
「……」
――魔理沙にあれを云ったのは間違いだったかも知れない。
私は当時の自分を思い返して、そんな事を思った。代わりに此方にもからかえる要素はあるが、云い返そうとも思えない。魔理沙の云う〝誰かさん〟が眠ってから、お互いにからかい合っていたから、既に耐性が付いたのだと思うが、私からしたら、当人がずっと眠っている所為で耐性の付きようがなかった。
「ま、好いわ。少しだけお茶の減りが少なくなるだけだし」
「今日は随分と不機嫌そうに見えるぜ」
「あんたが変な事云うからでしょ」
「変な事なんて云ってないが」
魔理沙の調子は、去年の初秋と違って平生さを取り戻している。あの時は、何故あんなに深刻な顔をしているのだろうと不思議だったが、それも説明されて見れば容易く頷ける。ただこうして私をからかう為だけに訪れるのは簡便して貰いたい。私だって不機嫌な顔をしたくてしている訳ではないのだ。何時までも寝ているあいつが、恨めしい。殊にすやすやと気持ち好さそうに寝ているのを想像すると、一発殴ってやろうかとまで思ってしまう。
しかし、どうしようもないこの気持ちに区切りを付けられず、私は溜息を吐いた。
「――で、あんたは何をしに?」
「からかう為――ってのは冗談だが、今度大きい宴会を開きたいと思って」
腹が立つ事を云おうとしたので、睨みつけてやると、魔理沙は慌てて本当の要件を告げた。宴会自体は珍しくないのだが、私は余り気乗りがしない。桜が味気無いのだ。後一つ、何かが足りないから。
「……まあ考えとくわ」
「快い返事を期待してるぜ」
「あんまり期待しない方が好いかもね。今年になって色々あったから、私も疲れてるのよ」
「まあ、確かに色々とあったな。好くも悪くも」
そうして、二人して青い空を仰いだ。白い太陽は温かみのある光を降らして、熊も起き上がる時期だと云うのに、何時まで寝ているのだろう。私はそんな事を考えて、縁側に置いてある盆の上、まだ何も入っていない湯呑を見遣った。桜の花弁が一枚入っている。お茶の上に浮いていれば、さぞかし綺麗だったろうに。
「さて、そろそろ行くか」
「早いわね」
「私も色々と忙しいんだ。それに、どうやらお邪魔らしい」
魔理沙はそう云って素早く箒に跨った。私は邪魔だなんて云った覚えはなかったから、引き留めようとも思ったが、魔理沙の口元にあの意地悪い笑みがあったから、思わず言葉を飲み込んだ。魔理沙は宴会の件は頼んだ、とだけ言い残して、颯爽と去って行く。一体何なのだろう。そう思った時、魔理沙に隠れて今まで見えなかった場所に、日傘を差して優雅に佇む、あいつが居た。――ああ、そういう意味か。私はすぐに魔理沙の意図を悟った。
「御機嫌よう」
「……遅いわよ。とんだ寝坊妖怪ね」
「あら、随分な言い草ね。私が来たのに嬉しくないの」
誰もそんな事は云ってない。私はそう云うと、紫に座るよう促した。その何を考えているのか判らない目だとか、常に緩やかな曲線を描いている唇だとか、陽光を反射して輝く金髪だとか、その全てが懐かしかった。私は紫が座ったのを確認すると、お茶を用意する前に、一つの提案をした。もしかしたら、私は魔理沙にもしてやられたのかも知れない。
「今度、大きな宴会をやろうと思っているんだけど――」
湯呑の中の花弁が、空気を読んだかのように消えていた。代わりに、私達の見る先には、無限とも思えるほどの量の花弁が、吹雪のように乱れ飛んでいる。今年の桜は、去年よりも断然美しい。
――完
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