11.22.17:00
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12.14.22:34
幻想の詩―紅魔の連―#11
東方SS六十九作目。
紅魔館の面々で連載物。
「何をしている」
パチュリーが冷や汗を掻きながら部屋を出ると、そこには憮然とした表情の少女が立っていた。暗い階段の一つ上、パチュリーを見下すように、威圧するように、立っている。けれどもパチュリーは疲れた顔をしている。すぐにでも眠りに就きたい心持ちである。殺してくれて構わないが、一瞬で行ってくれねばそれも大儀だったので、素直に「貴方の妹に会って来たわ」と云って、彼女の隣を通り抜けようとした。
「待て」
しかし、少女にしては初めてであろう、自分を引き留める言葉を聞いた時に、少しだけ興味が沸いたのかパチュリーの足は止まった。振り返ると、相変わらず憮然とした表情の少女が佇んでいる。背中より生えている羽は、暗闇の色に紛れ、今は影も形も見えなかった。その中で少女の紅い瞳だけが明らかにある。パチュリーはフランドールよりは大分平和な目だと思った。彼の少女の瞳は凄まじい狂気を秘めていた。到底自分が敵うような相手ではなかったろう。
「何かしら」
パチュリーがそう尋ねると、今度は押し黙る。パチュリーに向いていた瞳は足元へと落ちて、パチュリーにとっては珍しい少女の姿がある。普段ならば、常に毅然と構え、傲然とパチュリーを見下している所為か、殊更に珍しく思われた。何だか面白くなったパチュリーは、上がりそうになる口端を抑えながら、少女――レミリアという名らしい吸血鬼を見ていた。
「……何も無かったのか」
「ええ、何も。遊びましょうとは云われたわ」
「それで、どうなった」
「どうもなりはしないわ。眠いし、また今度にしましょうって云ったら納得してくれたわよ」
ありのままという訳ではないが、概ね真実を伝えたところで、レミリアは再び押し黙る。何かを思案しているようにも見えれば悩んでいるようにも見える。パチュリーはいよいよ面白いのを堪えられなくなって、自分からも何か尋ねてみようと思い立った。接点はなくとも、同じ屋根の下で長く時を過ごしてきた二人である。パチュリーからすれば聞きたい事など尽きる事がないくらいに有り余っている。
「何か話があるなら場所を移しましょう。眠気なんて何処かへ行ってしまったから」
そう云うと、少女は何も云わずにパチュリーの横を通り抜ける。しかし、交渉は失敗だろうかとパチュリーが嘆息した途端に彼女の足は止まり、パチュリーについて来いというような仕草を見せた後、また階段を上って行ってしまった。パチュリーはその行動が意外に思えて、笑みを零しながらも黙って後をついて行った。
最後に後ろの扉を振り返ると、鉄の扉が物々しく閉じられているのが見えた。禍々しい雰囲気が付き纏うそれを一瞥して、二度と近寄りたくないと思うと同時に、パチュリーは階段を上って行く。……
◆
二人は比較的整えられた応接間へと場所を移し、お互いを対面に置きながら座っていた。パチュリーが片付けた部屋には埃一つなく、綺麗に磨かれた机の上には温かな湯気を上げている紅茶が二つ、皿の上に置かれている。パチュリーはそれを一口飲むと、未だ黙り続けているレミリアに向かってこう尋ねた。
「何か用があって来たんじゃないのかしら」
それすら晴天の霹靂ではあるが、何故だかこの吸血鬼と交流を持つのが嫌という訳ではなかった。当初の目的は未だ果たされていないし、果たす景色も少女には見えないが、それでも何か、自分と同じ雰囲気を纏っているように思われて、嫌な気が起こらなかったのである。少女は再び沈黙したが、暫時を置くと漸く小さな口を開いた。
「妹は何か、云っていなかったか」
「別に何も云っていやしないわ。ただお姉さまとは遊べないとは云ってたけれど」
それを聞いたレミリアは、沈鬱な表情をして俯いた。
その様が、まるで昔の自分と重なって、パチュリーは目を細める。憂いにも似た、しかし無感情な紫苑の瞳は一直線に目の前の少女へと向けられているようで、過去の自分を見詰めている。二人はお互いに過去の世界へ自己を投影しているように思われる。静謐な空間は物音一つせず、ただ何処かで狼の遠吠えが聞こえた。
「昔何かあったの? この大きな館の荒廃振りといい、貴方の恰好といい、妹が居る場所といい、吸血鬼だと普通なのかも知れないけど、私からすれば尋常じゃないわ。私を殺そうとしないのは貴方の矜持の所為でしょう。――記録だけなら、私も貴方の事を少しは知っているもの。――今は亡き王女としてね」
少女の顔はそれで漸く上がる。パチュリーは優しく微笑みながら「話してみたら」と云う。沈鬱な表情をしている時はまるで人間の少女と変わらないレミリアを見て、何か心を揺らされた心地である。けれども決して穏やかではない。少女の口からもしも真実が紡がれるのであれば、それを聞いて自分の心境に変化が起こらないとも限らない。そうして自分の決意が崩れる結果となるのならば、パチュリーは自分の事を決して赦す事が出来ないだろう。彼女が現時点に於いて考えている懸念とは、そういうものである。だからこの場は穏やかであろうとも、パチュリーにとっては鬼気迫る戦いをしている時の方が、幾らかは心が安らぐ。彼女はそんな歪な女だった。
「……私達は、一度死んだ人間だ」
少女の口から紡がれる言葉と声は、辛辣に違いなかった。
パチュリーは今に自分の懸念が杞憂に終わらないであろう事を、悟る。
――続
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