11.22.16:20
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09.13.01:04
幻想の詩―博麗の連―#7
霊夢×紫の連載物。
懐かしい金の瞳は、太陽のように輝いていて。
――今年は早めに眠る事にしたわ。
その言葉が頭の中に貼り付いて剥がれなかった。何時でもぼんやりとした頭の中に浮かんで来るのはその言葉ばかりで、それを思うと心臓が潰れそうになる錯覚さえ受ける。最早、私が何を思っているかなど明白になっていた。
――秋が消え失せて、冬が訪れる間の時間はとてもとても短いけれど。
最近になって、その言葉を反芻するようになった。私の中に何時までも蔓延る薄い靄を、晴らせる可能性を持つ言葉。何時までも優柔不断で臆病な私を啓発する言葉。
それを信頼して、尚且つ私に勇気があったなら、楽になれる。それは判っているのに、重たい足は一向に私の求める場所へと向かわなかった。後少し。そんな言訳を何時も心中に零している。
また、新しい一日が遣って来た。
今日、私は何をするのだろう。抜けるような蒼さの広がるこの空の下で。
◆7
朝、目覚めても境内の掃除をする気にはなれなかった。
昨日訪れた萃香の言葉の効果もあってか、掃除を進める思考よりも優先されて私の頭を占拠する思考がある所為で、きっと捗らないだろうと思い、朝から何もせずに居間で座っていた。
毎日起きる度に、布団を出てからの寒さは増しているように思う。萃香の云った通り、秋が過ぎて冬が訪れるまでの時間はとても短いのだ、と云う事を痛感させられる。それでも私は、一向に一歩を踏み出せないでいた。
どうしよう。考えるのはそればかりで、二人の妖怪が云った言葉を思い出してはそう考え、浮かぶ案を棄却してはまた振り出しに戻る。その不毛な循環を飽きずに昼間で繰り返した私は、本当に馬鹿だと思った。
しかし、そんな折に随分と顔を出して居なかった人間が博麗神社を訪れた。
前に訪れて来た時の沈鬱な表情を失くした、晴れやかな姿で遣って来たのは、霧雨魔理沙だった。魔理沙は何時もと同じように縁側から窓を叩いて、私が窓を開けると「お邪魔するぜ」と云って入り込んで来た。そうして今、机を挟んで向かい側に座り、暖かいお茶を啜っている。その姿を見るのも随分と久し振りだ。妙な郷愁が私を幾らか和ませた。
「随分来なかったと思えば、またいきなり来るわね」
「私にも色々あるんだぜ。それが片付いただけだ」
「それなら今日は何をしに来たの? のんびりする為かしら。何時もみたいに」
そう云うと魔理沙は、私はそんなにだらけてないと否定したが、実際魔理沙が此処に来てする事と云えば、軽い雑談を交わしながらお茶を飲んだり、弾幕ごっこをしたり、二人して黙って過ぎて行く時間を見詰めたり、そんな事ばかりだったから、私は何だか可笑しくなってふっと笑みを零した。我ながら、自然に笑ったのは久し振りだと思った。
魔理沙はお前は相変わらずだなと苦笑して、表情を真面目な物に変えてから、一呼吸を置いて、話を始めた。恐らく深刻な話なのだと云う私の憶測は、既に確信を得ているように思う。それは魔理沙の表情を見れば自ずと悟らされた。
「お前、何か悩んでるだろ」
「え?」
魔理沙の問いに、私は間の抜けた声を出して驚いてしまった。
これから出される話題は、魔理沙の事だと思ったからだ。前に訪れた時に妙な事を問われただけに、それ以外の可能性など何も考えていなかったから、その驚きも大きかった。何よりも、私が悩んでいると云う事をあっさりと見破られてしまった事に対する驚愕が殊更に大きかった。それほどまでに、今の私は酷い顔をしているのだろうか。
「悩みだよ。あるだろ?」
「別に悩みなんて……」
「あるって顔してるな」
「何を根拠に云ってるのよ」
「長年の付き合いから出て来る勘だ」
自信たっぷりと云う顔をしながら云い切るものだから、私は溜息を一つ落とすと、素直に頷いた。ただ、最後に大したものでもないけどね、と付け加えるのは忘れなかった。一思いに忘れてしまっていた方が好かったのかも知れないが、やはり私だけがこうして懊悩しているのだと思うと腹が立つ。無意味だとは思ったが。
魔理沙はやっぱりなと云う風な態度を取って見せてから座り直した。が、どうやら深く追究する気は無いようだったので、私も安堵の溜息をそっと吐いた。問い詰められれば普通に居れる自信が無かったから。
「何について悩んでるかは知らないが、後悔するような方へは進まない方が好いぜ。一歩誤り掛けた人間からの忠告だ。今出来る事に最善を尽くせ。時が過ぎてから騒いだって、どうにもならないからな」
慇懃に云われ、私は何故か呆気に取られてしまった。魔理沙がこれほどまでに真剣な態度で私に接してきた事が余りないからかも知れないが、その言葉に力を感じたからなのも、理由の一つだった。
―― 一歩誤り掛けた人間として。
その言葉が妙に力を持っている。魔理沙は魔理沙で大変な境遇に居たのだろうが、それ故の力なのだろうか。そうでなければ、私は魔理沙の言葉に対して此処まで驚かなかった。
だからなのかも知れない。何かしよう。その考えを実際に起こす気になったのは。
それでも、後少しの勇気が足りなかった。後、ほんの少しだけの勇気が、今の私には必要だった。
「簡単にそれが出来れば、苦労はしないわ」
魔理沙は今私に対してどんな思いを抱いているだろう。こんなに弱々しく、臆病な私に失望を覚えるだろうか。それともわざわざこうして出向いて遣っているのに、まだ言訳をしている私に呆れるだろうか。憤るだろうか。そんな事ばかりを考えたが、当の魔理沙は軽く笑みを見せて、それならと云う言句で話を始めた。
「今までの異変を解決する方が、どれだけ楽だか判らないな。――まあ、博麗として行動していた時と、お前として行動するとでは意味合いが変わって来るか。霊夢は霊夢だから、悩んでるんだろ?」
――それに。
魔理沙は更に続ける。私は次第に私が私に成っているのを感じていた。
――興味を持たず、感情を持たず。それを決めるのは、私だ。
「私が挑み続けたのも、霊夢なんだぜ」
悪戯めいた笑みが、私をとうとう奮い立たせた。
私らしくない、今までの体たらくさえ、何処かに吹き飛んで行ったように思われた。
窓の外を見ると、葉を随分と散らした木々が立ち並ぶ林が窺える。冬が完全に訪れるのは、もう少し先のようだった。
「――そうかも知れないわね」
――end.
もう少しで完結です。
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